天・文学の発見
「文」の字には、文字、書いたものといった意味があり、文学とは正にそういった類を扱う学問である。また、「文」には現象という意味もあり、天文学とは、天の現象を扱う学問となる。文学と言えば人文系学問の雄であり、片や天文学は理系の代表的学問のひとつである。しかし、この2つには単に文字面が似ている以上の親和性を感じるのはなぜだろう。
兵庫県の伝統工芸品に杉原紙がある。これは、英文学者であり和紙研究家であった寿岳文章(1900-1992年)により再興のきっかけを得たものである。寿岳文章の和紙研究に影響を与えた人物に京都大学名誉教授の新村出(1876-1967年)がいる。新村出は広辞苑の編著者として知られている。新村出の実弟である関口鯉吉(1886-1951年)は、東京帝国大学教授時代に東京天文台長や日本天文学会理事長を歴任した天文学者である。また、新村出も宇宙に強い関心があったようで、自身を京都の自宅の住所から紫野天文台長と称していたそうである。
そんな新村出は昭和37年(1962年)に京都大学花山天文台で観月している。新村出を招待したのが、当時の花山天文台長宮本正太郎夫妻であった。時代は戻るが、寿岳文章の長男潤は、京都大学理学部宇宙物理学教室にて宮本正太郎に学び昭和25年(1949年)に卒業し、天文学者となった。
大学進学者が少なかった頃、いわゆる学者一家が様々な分野を志すことは自然なことかもしれない。しかし、天文学も文学も、つまるところ古代より人間が関係を断つことのできなかったもっとも古い学問としての共通項が認められないだろうか。